これまでのサンゴへのプロバイオティクスの研究は、実験室のレベルにとどまっていました。今回の研究では、実際の海洋環境に生息する野生のサンゴを対象に、紅海で発生した実際の海洋熱波の最中に試験を実施し、投与した微生物がサンゴの健康維持に効果を示しました。
文:Warren Cornwall
2026年9月9日
プロバイオティクスは、健康な微生物を腸内に定着させることで健康を増進するとされ、人間の健康食品・サプリメントとして広く利用されています。
そして今後、海洋熱波に耐えられるサンゴを育てるために、サンゴにも同じようなアプローチが使われるようになるかもしれません。サウジアラビア沖の紅海で、高温の海水にさらされたサンゴに特殊なプロバイオティクスの混合物を投与したところ、サンゴの健康状態を維持する効果が確認されたと、科学者らが先週、学術誌 『Cell Reports 』で報告しました。さらに、死んだ微生物を混合した「ポストバイオティクス(postbiotic)」でも効果が確認されました。
これまでにも、こうした微生物による介入がサンゴの熱ストレスへの耐性を高める可能性について、実験室での有望な結果が報告されていました。しかし今回の研究は、実際の海洋環境に生息する野生のサンゴを実際に発生した海洋熱波の最中に対象として行った初めての研究です。
「このような革新的なアイデアが、特に実際のフィールド環境で効果を発揮したことには、私たち自身も驚いた」と、サウジアラビア・アブドラ王立科学技術大学(KAUST)の博士研究員、Erika Santoro氏は述べています。「最もエキサイティングな点は、この研究によって、サンゴに対する微生物を利用した新たな治療法への新しい道が開かれたことだ」と述べています。
人々は、サンゴというと、硬く、鮮やかな色をした海の中の彫刻のようなものを想像するかもしれません。しかし、サンゴはそれだけではありません。この「骨格」に見える部分は鉱物でできており、その中に何千もの小さなサンゴのポリプが群体として暮らしています。これらのポリプは、イソギンチャクのような姿をしており、遺伝的には同一のクローンです。そして、ポリプの内部には共生する藻類が存在しています。この藻類は光合成によって、サンゴが必要とするエネルギーの大部分を供給しています。さらに、サンゴの内部や周囲には様々な微生物が混在して生息しています。
科学者たちは現在、これらの異なる生物要素のそれぞれに働きかけることで、世界各地で頻発する海洋熱波にサンゴを耐えさせようとしています。何の対策も講じなければ、海洋が地球温暖化によって発生する余剰熱の多くを吸収し続けることで、今世紀末までに大半のサンゴが死滅すると予想されています。そうなれば、地球上でもっとも生産性が高く、生物多様性に富んだ海洋生態系の一つが大きな打撃を受けることになります。
研究者たちは、サンゴの異なる地域由来の個体を交配するなどして、熱への耐性を高めることを目指した遺伝的な研究を進めています。また、熱への耐性を高める可能性のある藻類の系統を探し出して繁殖させたり、実験室の高温環境下で進化を促進したりする研究も行われています。さらに、サンゴの周囲に存在する微生物群集にも注目し、サンゴの健康維持を助ける可能性のある微生物の組み合わせを探しています。
今回の研究では、Santoro氏らが紅海のサンゴから採取した2種類の微生物混合物を試験しました。これらは、微生物の遺伝的特徴や、それ以前に行われた実験の成果をもとに、有望な候補として選ばれたものです。2022年、紅海では長期間にわたる海洋熱波が発生し、水温は約32℃(90°F)まで上昇しました。研究チームはこの熱波の最中、KAUST近くのサンゴ礁に生息するトゲ状のAcropora valida の群体に対して、5種類の微生物混合物のうち1種類を投与しました。2つの群体には、それぞれ異なるプロバイオティクスを投与しました。
2つの群体には、同じ微生物の組み合わせを使った、死んだ微生物による「ポストバイオティクス」を投与しました。最後の群体には、微生物を含まない海水のプラセボを投与しました。
研究チームは15日間にわたり、サンゴの色の変化を観察しました。これは、サンゴが熱ストレスを受けた際に、内部で共生している藻類を放出している可能性を示すものです。また、共生藻類が光をどれだけ効率的に光合成に利用できているかについても測定しました。
結果は有望なものでした。サンゴの色の変化については、処理による大きな違いはほとんど確認されませんでした。しかし、プラセボを投与したサンゴと、2種類のポストバイオティクスのうち1つを投与したサンゴでは、光合成の能力が大きく低下しました。一方、プロバイオティクスを投与したサンゴ、そしてもう一方のポストバイオティクスを投与したサンゴでは、15日間にわたって光合成能力の低下が見られませんでした。
実験終了後にサンゴ周辺の微生物群集を調べたところ、健康状態の良かったサンゴと、状態が悪化したサンゴでは、微生物群集の構成にも違いが見られました。こうした違いは、微生物の代謝活動に関連する化学的な特徴にも表れていました。
Santoro氏は、ポストバイオティクスのうち1つが効果を示したことについて、「特にエキサイティングな結果」だったと述べています。その理由は、死んだ微生物の方が大規模に利用するうえで実用的な可能性があるためです。生きた微生物とは異なり、死んだ微生物であれば保存が容易だからです。
もちろん、15日間にわたる一度の実験だけで、これを万能な解決策とみなすことはできません。サンゴを生き残らせるための「たった一つの方法」が存在する可能性は低く、気候変動が現在のペースで進み続ける限り、こうした対策だけでサンゴを救えるわけでもありません。
それでも、これはサンゴにとって悪いニュースが続く中での、一筋の希望といえるでしょう。
出典:Santoro, et. al. “Probiotic and postbiotic treatment improves coral health and promotes specific metabolic and microbiome changes in situ during a heatwave.” Cell Reports. Sept. 3, 2026.
画像: Coral Probiotics Village














